広島市映像文化ライブラリー臨時閉館(3)広島の映像遺産が直面する未来への課題

メモ

移転の先に問われる真価

施設の物理的な移転は、決してゴールではない。それは、広島が持つ豊かな映像文化を次世代へと継承していくための、新たな出発点に過ぎない。最新の収蔵庫という「器」は手に入るが、その「魂」であるコレクションをいかに活用し、未来へつなげていくか。新ライブラリーの真価は、山積する課題をいかに解決していくかにかかっている。

「上映できない」コレクション:国際アニメーションフェスティバルの遺産

ライブラリーが抱える最も象徴的な課題の一つが、広島国際アニメーションフェスティバルの受賞作品群の活用問題である。

第1回グランプリに輝いた手塚治虫監督の「おんぼろフィルム」をはじめ、世界中の作家がヒロシマへの思いを込めて出品した貴重なフィルムやビデオ計244点が収蔵庫に眠っている。しかし、2021年3月に市などで構成された実行委員会が解散した際、作家たちとの権利関係の再契約手続きがなされないままになってしまった。

その結果、これらの作品は「市民の財産」でありながら、現在上映できないという憂慮すべき事態に陥っている。市は再契約を進める方針を示しているが、アーカイブ機能の根幹に関わるこの問題を迅速に解決できなければ、コレクションの価値は大きく損なわれるだろう。

分散する資料と連携の必要性

広島の映像関連資料は、ライブラリーだけに集約されているわけではない。貴重な資料が市内の複数の施設に点在しており、その全体像を把握することは困難な状況にある。

  • 市公文書館: 映画監督・新藤兼人氏から寄贈されたシナリオ原稿や日記、写真データなどを所蔵。
  • 原爆資料館: 米国戦略爆撃調査団が撮影した被爆後の広島のカラーフィルムなどを保管。
  • 広島フィルム・コミッション: 広島でロケ撮影を支援した作品のシナリオやポスターなどを収集。

問題は、これらの施設を横断する統一的なデータベースが存在しないことである。この資料のサイロ化は、個々の機関の努力を分断し、広島の映像遺産を総合的に活用して新たな文化的価値を創造する機会を著しく阻害している。

専門家からの提言:未来のアーカイブが目指すべき姿

移転を機に、ライブラリーが真の文化拠点として飛躍するために、専門家からは多角的な提言が寄せられている。

  • 専門人材の育成と配置: 収蔵作品を熟知するベテラン職員の知識と経験を次世代へ継承する後継者育成は急務である。美術監督の部谷京子氏や国立映画アーカイブの冨田美香氏は、専門知識を持つ常勤のアーキビストの配置の重要性を指摘している。
  • 国際的なネットワークへの参加: NPO法人映画保存協会の石原香絵氏は、国際フィルムアーカイブ連盟(FIAF)への加盟を提案する。これにより、施設の国際的なプレゼンスが向上し、収蔵作品に光が当たる機会が増えることが期待される。
  • 市民との協働による「ハブ」機能の構築: メディア文化史を専門とする山本昭宏氏は、研究者や市民ボランティアを積極的に巻き込み、地域の文化活動の「ハブ(拠点)」となる運営モデルの構築を提言している。市民の熱意を活動の力に変えることで、アーカイブはより活性化する。

単なる「保管庫」から「生きた文化拠点」へ

上映できないコレクションの活用、分散した資料の連携、そして専門人材の確保と市民との協働。これらの複雑に絡み合う課題を一つひとつ解決していくことこそ、新しい施設を単なる「保管庫」から、未来を創造する「生きた文化拠点」へと昇華させるための鍵となる。

私の見解

広島市映像文化ライブラリーの駅前移転は、フィルムという物理的な媒体に記録された「記憶」を、劣化の危機から守り未来へと継承するための、困難だが避けられない選択であった。最新の低温収蔵庫の整備は、その目的を達成するための大きな前進であることは間違いない。

しかし、この移転が輝かしい未来を約束するものではないこともまた、明白である。上映ホールの縮小や個人視聴ブースの廃止といった機能の変更は、市民の利用体験に直接的な影響を与える。

さらに、国際アニメーションフェスティバルの受賞作品群が権利問題で上映できない現状や、市内に分散する貴重な映像資料が統合・連携されていないという構造的な課題は、アーカイブとしての真価を発揮する上で深刻な足かせとなっている。

新しいライブラリーが、単なる施設の引っ越しに終わってはならない。そこが、広島の痛みと復興の歴史、そして平和への願いを、映像の力で世界と次世代に伝え続ける「生きたアーカイブ」となるためには、ハードの刷新だけでは不十分である。

専門人材の育成、組織間の連携、そして市民との協働を柱とした、長期的かつ包括的なビジョンが今こそ不可欠だ。行政と市民、そして専門家が一体となり、この岐路に立つ「記憶の保管庫」の未来を築いていく覚悟が問われている。

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