未来への一歩、その光と影
2026年春に予定されているJR広島駅前の商業施設「エールエールA館」への移転は、映像文化ライブラリーの未来にとって大きな前進である。最新設備による収蔵環境の抜本的な改善は、貴重なフィルム資産を次世代に継承するための不可欠な一手と言える。
しかしその一方で、上映機能の縮小や長年親しまれてきた中央公園という文化的コンテクストからの離脱は、市民の利用体験や施設の公共的性格に変化をもたらす可能性を秘めており、その光と影を冷静に見極める必要がある。
新拠点の概要とフロア構成
移転計画は、中央図書館との一体的な再整備として進められており、フロアごとに明確なテーマが設定されている。
- 移転先: JR広島駅南口「エールエールA館」8階から10階
- 開館予定: 2026年春
- フロア構成:
- 10階: 「図書と映像のエリア」
- 中央図書館機能と映像文化ライブラリーを併設。上映ホールもこのフロアに計画されている。
- 9階: 「『広島を知る』エリア」
- 広島文学資料室や、市の歴史などを紹介する郷土資料館サテライトを設置。収蔵庫もこのフロアに計画されている。
- 8階: 「こどもと青少年のエリア」
- 中高生向けコーナーや自習室、絵本の読み聞かせコーナーなどを配置。
- 10階: 「図書と映像のエリア」
技術的進歩:フィルム保存環境の飛躍的向上
移転による最大のメリットは、フィルム保存環境の飛躍的な向上である。
現在の収蔵庫が室温20度で管理されているのに対し、新施設にはフィルムの長期保存に適した目標温度6度以下を保つ低温収蔵庫が新設される。国立映画アーカイブの専門家、とちぎあきら氏が指摘するように、デジタルデータは保存媒体の更新にコストがかかる一方、フィルムは「100年前の映像も、時代に応じたフォーマットに変換して鑑賞できる」メディアであり、長期保管に最も適している。
同アーカイブの冨田美香氏は、新しい収蔵庫の設置が「多くの資料や情報が集まり、対応する活動も求められるだろう」と期待を寄せており、今回の設備投資は、広島の映像遺産を未来へ確実に継承するための極めて重要な基盤強化となる。
市民が懸念する変化と課題
技術的な進歩への期待が高まる一方で、市民からは複数の懸念の声が上がっている。
- 上映ホールの縮小: 現在の169席から約100席へと大幅に座席数が減少する計画であり、人気上映会などでの鑑賞機会の減少が危惧される。
- 個人視聴ブースの廃止: 長年利用されてきたビデオやDVD、レコードの個人視聴ブースが廃止される方針である。代替として再生機器の貸し出しが検討されているが、利便性の低下は避けられない。
- 「文化ゾーン」からの離脱: 市民団体からは、中央公園内の「文化の道」という立地が持つ意義が失われることへの反対意見が根強い。彼らは駅前の商業施設への移転ではなく、公園内での建て替えを求めており、施設の公共性や文化的環境を重視する立場を明確にしている。
この変更は、市の計画がフィルムという物理的遺産の長期的保存を、市民が日常的に享受してきた多角的な視聴体験よりも優先していることを示唆している。これは、アーカイブの学術的使命と、地域の文化センターとしての市民的役割との間の緊張関係を浮き彫りにするものである。
課題を乗り越えて
エールエールA館への移転は、フィルム保存というハード面での大きな進歩をもたらす。しかし、それは同時に、市民が享受してきた鑑賞体験や施設の公共的性格に小さくない変化を迫るものでもある。このトレードオフをどのように乗り越え、新たな価値を創造していくのか、その動向を注視する必要があるだろう。
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